[企画日記] 岐阜 & 愛知

Posted on 2009年12月13日 | コメント (0) | トラックバック (0)

【岐阜】
* 同期と新人と 3 人で行った。後輩と行った初めての出張だと覚えている。
* 宿泊したホテルが、自分の中でのワースト 2 。ホテルの建物を上から見ると「コ」の字型をしており、中庭状になっているのだが、中庭の開いている側に背の高いビルが建ってしまい実質「ロ」の字型となっている。部屋は 1F だったので昼でも明かりが全く入らず、昼夜、もちろん朝が来たこともわからなかった。少ししか開かない窓を開けると洞窟の竪穴から空を見る、いや煙突を下から上へ覗くような感じ。
携帯電話も当然×。建物も古かった。
* 一週間ぐらい宿泊する可能性があったので、早い段階で別のホテルに替えてもらうよう地元の営業所に懇願したら、すぐに替えてもらえた。営業所から遠くなったがそんなの問題じゃなかった。後で宿泊費を調べたが、暗いホテルとの差は無かった。謎。
* 一回だけ、近くの焼鳥店で飲んだ覚えがある。
* 営業管轄の関係上、中津川市まで行った。いっぺん名古屋に入らなきゃいけなかったので実に遠いと思った。
* いわゆる一夜城と言われた墨俣城跡に行った。何も無かった。
* 大垣市にも行った。田植え後の水田を見ながら、ここには安土桃山時代から変わらない風景があるんじゃないかと思った。こういう景色の中を野武士達が走り回ってたのかと想像した。


【愛知】
* 後輩も交えた 4 人で行った。
* ヨコイのスパゲティを食べた。凄いカルチャーショックだった。
* 手場唐の「風来坊」に行った。東京での出店前だ。
* 「矢場とん」にも行った。他の中日の選手のユニフォームに混じって牛島の CLM 時代のユニフォームが飾ってあったのをよく覚えている。
* 最初はツインルームでの宿泊だったが、終わりの方ではシングルになった。最後に宿泊したホテルがとても細長い構造をしてて、その最奥の部屋だった。ハングル文字の説明書きが多く、実際に宿泊していた人に韓国人が多かった。ちょうど李鍾範や宣銅烈がドラゴンズで活躍していた時期で、名古屋は韓国との関係が深いのかなと勝手に想像した。


※ 次は静岡。

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