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千歳烏山「RAGTIME」にて (2009/01/23)

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ホテル・マジェスティック (2013/08 ベトナム・ホーチミン, 7)

2014/01/26 20:57

ホテル・マジェスティックは、ドンコイ通りがサイゴン川沿いのトンダクタン通りに突き当たる角にあるホテルです。
フランス領だった1925年に開業し、外観がコロニアル調で、シンガポールのラッフルズに似た、その国を代表するホテルです。現代のナンバー・ワン・ホテルかというと難しいところですが、新しく現代的なホテルが増えているホーチミンなので、そういう新しいホテルからはやや見劣りはしても、海外著名人が多く利用した歴史あるホテルということもあり、国際的なサービスがありました。


ホテル・マジェスティック。


利用した著名人の一人。日本人の小説家、開高健氏。

僕は一人のファンとしてこのホテルに泊まりました。103号室の前に行ってここがそうかと頷き、屋上にあるバーでマティーニを啜る。「混沌」という言葉だけでは済まないベトナム戦争に従軍記者として関わり、他国のジャーナリストや米軍将校と話をし、真実が見えない、理解も完了しない状況で、あれだけ感性の強い人がどういう気持ちでサイゴン川と街の雑踏をこの場所で眺めたか、それを知りたいと考えていました。


103号室。部屋は客室として通常通り使われており、この部屋に泊まらないと中には入れません。ただし写真を見る限り当時とは内装は異なっています。


部屋の脇に貼られているレリーフ。

ベトナムの1Fはグラウンド・フロアなので103号室は日本で言う2Fにあります。ホテルの正面玄関を入り、すぐに見える螺旋階段を上がり、二階から右に行った最初の部屋がそうです。だから写真で言えば玄関左斜めすぐ上の部屋がそうでしょう。

ホテルのバーは2つあり、新館の屋上にあるのが M Bar、旧館の屋上が Breeze Sky Bar。件のバーはもちろん旧館の上です。


屋上より。ホーチミン市の喧噪と比べサイゴン川の対岸がほとんど開発されておらず不思議に思いますが、その分この眺めはずっと変わっていないと、過去に思いをめぐらせます。


こちらは新館の屋上のバーより。
沢木耕太郎氏のノンフィクション(≠深夜特急)でもこのホテルは登場し、氏はやはり屋上のバーで「ミス・サイゴン」を飲んでいるらしいですが、それが新館のバーなのか旧館のバーなのかは知りません。


ミス・サイゴン


朝食は、旧館の屋上で摂る。


僕らの部屋は444号室だった。


部屋からの、やけに現実的な眺め。ホテルに種々ある部屋のうちサイゴン川沿いの部屋やドンコイ通り沿いの部屋は、きっと「ベトナム来たー!」な眺めなのでしょうが、バイクの音がけっこううるさいという話も聞きます。そういう意味では、適当に雑踏が聞こえるこの部屋でよかったなと。
あともう一点思うに、ベトナム戦争は1975年に終わっていますが、ここから見える屋根のトタン板の感じは当時と変わっていないのではないかと。確かめたわけじゃないですが、想像するに足るけだるい眺めでもありました。


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僕がベトナムに行った最大の目的は、このホテルに泊まることでした。一人の作家を追って、同じホテルに泊まるというのは、同じ作家のファンから一歩抜きんでた経験になるなと、やや嫌味で自慢げな経験と目的ではありましたが、実際にその場所に行かないとわからないこともあるというだけでは済まない、本当にインパクトのある経験でした。東南アジアであるとか、アメリカに勝った唯一の国であるとか、社会主義国家であるとか、手垢でまみれた言葉では足りず、なおも僕に思慮することを強い続けています。旅から五ヶ月経っても、いまだそうです。
氏はベトナム戦争で、生存者 17/200 という壮絶な従軍経験をしましたが、その経験から「輝ける闇」という小説を書き、その後度々ベトナムに訪れています。しかしベトナムを題材にした新たな小説を書いたわけではなく、その後全く内容が別の「夏の闇」という小説を書きました。「輝ける闇」を書いたのが37才、「夏の闇」は40才の作品です。ちょうど僕のここ数年と同じ年頃の作品ですが、正直、これまで遠い異国の話であるぐらいな感覚で読んでいたものでしたが、ベトナム旅行を経て、目の当りの、まるでフィジカルな体験のように身近に、作品がすぐ近くに来るようになりました。穿った言い方になりますが、人格や知識の大小はあっても、氏が感じた様に自分も感じていると確信したわけです。
その後、僕はここ数か月、種々の思慮を経て人生の考え方が変わりました。出来事が人生のワンシーンではなく、出来事そのものが人生であり、人を形成していると。そして、今もその文脈で生きていると実感しています。しかし先に書いたように、結論は出ていません。



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